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「今日はほんの御挨拶に上つたので、いづれ又ゆつくり――」
「なにしろ、迷ふんだな」
房一は酒が不得手だつた。ところが、相沢も家業に似合はず呑めない口と見えて、二人の間には手もつけないまゝで生温くなつた銚子が二三本も置かれていた。こゝでも房一はもう会ふ人ごとに聞かれてうんざりしている医者となるまでの経歴を、相沢の問ひに答へてぽつりぽつり話さねばならなかつた。
「どうもおれは、身近かな者だと平気で診られないんだね」
房一はその晩留置されることを覚悟していたが、幸ひに取調べは簡単に済んで、夜ふけになつて神原喜作と共に自動車で帰つて来た。この二人が本署まで同行させられたことはあらゆる方面に同情をひき起した。そして翌日になると、出張所の側でも遺憾の意を表し事件は落着した。
と、ゆつくりはじめた。
すると、徳次はびつくりしたやうな眼で房一を見やつた。
「あんたの犬かね」
正文は顎をつき出しては一寸笑つて、ふむ、ふむ、とひとりでうなづいていた。
閑静で温泉もあるという家は売家だから住めない。貸家の方はたいがい山の上の温泉のない家で、ぜひ住んでくれないかと云ってきた空別荘も、景勝閑静な山荘であったが、温泉がなかった。
「さうだつてねえ」
「なんだ、さつぱり判らんぞう」